やっちゃった。
俺は上忍待機室で悲しみに暮れていた。
中忍選抜試験に出したいと思ってたのは本当だ。別にイルカへの当てつけだとか見栄だとか、そんなことは思ってなかった。あいつらは波の国でかなりの実力が伸びたし、それに俺も見てみたかった。あいつらがどれだけやれるのかを。
なんだかんだ言いつつ、俺、結構ナルトたちのこと、気に入ってんだよね。だから推薦したんだ。けど、イルカがあんなに怒るとは思ってなかった。俺も俺でイルカの言葉に逆上して、後半はほんと、思ってもないことをペラペラとよくもまあこの口が言えたもんだと自分を呪いたくなる始末。
ちょっとかまかけて6歳で中忍になったってのをアピールしてみたけどあなたとは違うと一蹴りされた。まあ、これで思い出してくれたら苦労なんてしないんだけどね。
以前イルカは俺が6歳で中忍になったって言ったらすごく驚いてたから、記憶に鮮明かと思ってたのに。
俺は人知れずため息を吐いた。
波の国から帰ってきて、いつもの時間の受付にイルカがいないので俺はがっくりくると共に恐怖に駆られた。もしかして記憶が戻って俺のこと避けてる!?
が、数日して今日、火影からの召集がかかったので滅多にはいかない報告書専用の窓口に行くと、そこにはあっさりイルカがいたのだった。
もう、ほんとあの時はどうしようかと思ったね。本当に久しぶりに会うものだから緊張しちゃって、声が震えなかったのが奇蹟だと思った程だよ。
それに加えて記憶が戻っているかもしれないという、半分希望、半分恐怖の心中はもう、本当お見せできないのが残念なくらいに心臓がばくばくいってたわけよ。
結局記憶は戻っておらず、事情があってこの受付にいると言うことでほっとしたようでやはり複雑な気持ちになったけど。
それからいつか出会ったら渡そうと思っていつも持ち歩いていた貝殻をあげて俺はそそくさと退散しようとしたが、お礼にとイルカからのお誘いがあって、俺はもう、本当にこれ以上ない程に狼狽えた。まさかイルカからお誘いがかかるとは。だってイルカは俺の記憶がないわけでしょ?なのに、ほとんど他人も同然の俺を誘うなんて、ありえないっ!けど、本当に嬉しくて、久しぶりにイルカとご飯が食べられるのかと思えば、それはどんな店だっておっけーですよ!と小躍りしたい気分だったのに、それなのに喧嘩しちゃったんだもんなぁ...。
俺、もう、駄目かも、立ち直れないかも、今度こそ本当に、もう、駄目...。
俺はずーんと更に暗くなった。
その時、上忍待機室の扉が開いてアスマが大股でやってきた。お前は元気でいいよね、となんとはなしに思ってまたため息ついた。

「おいカカシ、ぶーたれてる場合じゃねえぞっ!?」

「うん、そうかもね、でも今は一人にしておいて。俺、ちょっと、もう、駄目かも。」

「だったらこんな公共の場で暗くなるんじゃねえよっ!!ここに入るに入れねえ上忍たちが部屋の前で肩身の狭い思いして突っ立ってたぞっ!っと、今はそんな場合じゃねえ。お前を捜すのにちょっと手間取っちまったからな。ああっ、くそっ、もう5時45分か、ギリギリじゃねえかっ。さっさと立てよっ。」

アスマは俺を無理矢理立ち上がらせた。そして俺の腕を取って歩き出した。俺は連れられるままにとぼとぼと歩いていく。なんだって言うんだよ、あの場にいたんだったら少しくらい俺に同情してくれたっていいんじゃない?そりゃあ、お前には色々と相談とかして迷惑かけたかもしれないけど、もうちょっと人の気持ちを考えようよ。
が、アスマの向かう先が段々と見えてくると、俺は必死になって抵抗を始めた。

「おいっ、ここまで来てなに抵抗してやがんだおめーはよっ!」

アスマは俺の腕を放そうとしない。くそっ、さすが上忍だ、俺に引けを取らない。が、ここで負けてしまっては俺はもう落ちる所まで落ちるしか道が残されないんだっ。勘弁してくれよっ!!
俺たちの目の前、もうすぐそこにアカデミーの校門が見えていた。
くそっ、誰の差し金か知らんが俺を嘲笑ってそんなに嬉しいのかっ!!

「は、放せよっ!俺を道化にしてそんなに楽しいかっ!?」

「誰もお前を道化にしようなんざ思ってねえよ。大体これはイルカが望んだことなんだぞっ!!」

アスマの言葉に俺は一気に力が抜けた。途端、アスマは体をよろめかせた。そしてようやく大人しくなった俺に向かって深く息を吐いた。

「やっと落ち着いたかよ。あの後、イルカに話しを聞いたらお前ら今日は飯を食いに行く約束してたんだろ?イルカは喧嘩腰になったからお前が来てくれないんじゃないかってそりゃあもう寂しげに笑ってたんだぞ!」

「け、けど、あんなに怒って、たし、」

「もう怒ってないとよ、おらっ、さっさと行ってこいやっ!!」

アスマが俺を蹴り出した。俺はおっとっと、と転びそうになりながら校門から見える場所へとやってきた。後ろを振り返ると、アスマが手を挙げて帰っていく後ろ姿が見えた。
アスマ、今日ほどお前に感謝したことないよ、ありがとう。
俺はその背中に心の中でグッジョブ!、と親指を立てた。
俺は校門へとゆっくりと歩み寄った。時間にして6時5分前。遅刻はしなかったようだ。よかったよかった。
それからしばらくして、6時を過ぎた辺りでイルカの声が遠くから聞こえてきた。

「カカシ先生っ!すみません、遅くなりましたっ」

イルカはよほど慌てて来たのか、肩からかけていた鞄のふたを空けたままだった。
そして俺の所まで来ると頭をぺこりと下げた。

「誘っておいて遅れてしまって、ほんっとすみません。」

「いえ、俺も来たのはついさっきですから大丈夫ですよ。」

俺はなるべく自然なように笑って答えた。ここまでお膳立てしてもらったんだ。ここで失敗するわけにはいかないよね。ここでなんとかしないとっ。

「じゃあ行きましょうか。カカシ先生、苦手な食べ物とかありますか?」

俺は一瞬、本当に一瞬だけ泣きそうになった。だが、すぐに表情を元に戻す。仕方ないじゃないか、お互いの苦手な食べ物を知るイルカは、ここにいないのだから。

「天ぷら、苦手なんです。でもそれ以外ならなんでも食べられますから。」

言うとイルカはそうですか、と言って歩き出した。俺はその後をついていく。

ああ、こういう雰囲気、本当に久しぶりだなあ。以前は任務で忙しい時だってたまにこうやって二人して歩いて買い物なんかをしたものだ。イルカは安売りがあるとすぐにスーパーに行きたがった。まるで主婦だね、と言えばまあ、そんなもんだから否定しないぜ、と笑っていたっけね。

「カカシ先生、カカシ先生、」

イルカの呼ぶ声に我に返って俺ははいはい、と返事を返した。

「どうしたんです?お疲れですか?」

「いえ、ちょっとぼんやりしていただけですよ。ところで今日はどこに連れて行ってくれるんですか?楽しみだったんですよ、今日の飯。イルカ先生ってご飯の美味しそうな店知ってそうですし。」

言えばイルカはそうですか?と小首を傾げつつも少し照れた笑みを浮かべた。
それからしばらく歩いて着いた店は、俺も知らない店だった。イルカは同僚と一緒にでも来たことがあるのかな?
中に入るとそこは少し変わった居酒屋のようで、一つ一つの部屋が離れていてまるで個室になっているような空間の店だった。賑わっているようで、客の姿は障子戸で見えないが、人がいることを伺わせた。

「変わった店ですね。よく来るんですか?」

「いえ、来たのは二度目です。でも飯もうまかったし、少々高めの設定ですが、ここでなら二人っきりでじっくりと話しができるでしょ?それにその口布も降ろしやすいでしょうし。」

そう言ってイルカは笑った。そうか、わざわざ気を遣ってくれたのか。

「ありがとうございます。気を遣って頂いて嬉しいです。」

「いえ、誘った者の当然の配慮ですよ。さ、入りましょう。予約しておいたんで席は確保できていますよ。」

イルカに連れられ、店の人に案内されて一室に通された。
白い障子戸に赤い天幕が張られていて、なんとなく独特の雰囲気があった。

「さ、何を注文しますか。カカシ先生は腹空いてます?」

「はい、実は昼飯もそこそこに召集されたものですからぺこぺこなんです。」

「それはよかった。ここ、量が多めなんでがっつり食えますよ。」

イルカはそう言って以前食べた中でうまかったものをセレクトして注文していく。こういうてきぱきした所は以前と変わらないなあ、なんてのんきに思った。当たり前だ、変わったのは俺の記憶がないだけで、他は以前と変わらないと言うのは知っていたことなのに。
暗くなりそうな思考を切り替えて、俺は店員が持ってきたおしぼりで手をふきながら聞いた。すぐに注文した飲み物も運ばれてきて、俺たちは何にするでもなく、乾杯、と言ってグラスに口を付けた。

「それで、今日お誘い頂いたのはどのような件です?」

グラスの半分くらいまでを飲み干してから俺は聞いた。

「あー、それは、実はナルトのことで、」

あ、そっか、そうだよね。波の国から帰ってきてまだ一度も会ってないって言ってたもんねえ。ナルトのことだったかあ。ちょっぴり残念だけど、それが普通だよね。かつての教え子の上司との接点なんてその位しかないんだから。俺って恥ずかしい奴だな、ほんと。

「そうですね、ナルトの成長から言いますと、まず一番に言えるのが実直なことでして、これは美点であり短所でもあると思いますが、如何せん忍びとしての評価で見ると、」

「カカシ先生、」

「はい?」

急に話の腰を折られて俺はきょとんとしてイルカを見た。イルカは真剣な表情をして俺を見ている。俺は姿勢を正した。こういう顔をする時のイルカは、ひどく真面目な内容を言うと決まっている。

「俺、ナルトのことを聞きたいと言ったのは嘘ではないですけど、カカシ先生のことを知りたいとも思っているんです。だから今日誘いました。俺は隠し事は苦手だし、素直に言いました。」

本当に素直すぎるよ、さっきのナルトの話しじゃないけど、どうしてイルカと言い、ナルトと言い、ここまで素直に言葉が出るのかねえ。
俺は頭をぽりぽりと掻いた。

「えーと、それは、ありがとうございます。」

そこに料理が運ばれてきた。どれもうまそうだった。イルカが勧めるだけはあるってわけだね。

「折角なんで食べながら話しましょうよ。」

俺が軽いのりで言うと、イルカは少し困ったような顔をした。ごめんね、話しを中断させちゃって。でも食べ物を粗末にすることには耐えられないはずだ。イルカは案の定、大皿から料理を取り、よそっていく。
深い意味には考えたくない。イルカの今の状態での俺への興味の言葉は、甘い毒だ。